ヨタハチ公道復帰への道

月日は流れて随分と寝坊助なこのヨタハチの存在を知らない人も多いだろう。それだけ時間が経過している証拠なのである。

作業は突然に

今年になって作業スペースに動かされたヨタハチ。現役でナンバー取得し走り続けている赤い1965年式とは別に所有している。こちらは1966年式のトヨタスポーツ800。最後に公道を走ったのは15年程前の事になる。そしてこの車に乗っていたのは若かりし頃の僕であるが、近所の自販機にタバコを買いに行くのも、通勤するのも、お盆のお墓参りに北海道横断するのも常にコイツと一緒だった。 しかし、15年前のお盆以降に車検を切った。最大の理由は今の自分では明確に答えれないだろう。会社を辞めたのも一つの原因、赤平のクラシックカーフェスティバルで「レストア途中の無理やり参加」など心無いバッシングも一つの原因、もしかしたら最大の理由なんて無くて積もりに積もった嫌な事から解放されたかったのもしれない。15年間と言う歳月はそんな理由も忘れるには十分な時間だった。

そして公道復帰後の2年車検を2ヶ月で切ると言う事をして月日は流れて平成が終わると言う。しかしただ悪戯に寝かしていた訳ではない(と思いたい)。当時の自分は「乗る為の運転免許証」しか持ってないレベルなのである。あのまま乗っていたらこの車は形を無くしていたかもしれない。 この15年は様々なヨタハチを見て、様々な車を弄って、様々な技術を体感して、この一台を作り上げたいと思っている。

仕事をしながら片手間になってしまうが、だからこそばらせる部品はとことん外して単体で組んでいく方向性で準備に取り掛かる。単純に言えばただの箱の状態まで持っていく。もちろん足回りも外していくのだが、そうすると移動方法が制限されてしまう。と言う事で。

ヨタハチボディを載っけ台を簡易的ではあるが製作(今命名した)。ガレージの中で前後に動かす位ならこれで恐らく大丈夫だろう。ドンガラにしてしまえば大人二人位でよっこいせで動かせるのだから耐荷重的にも余裕だ。 万が一壊れたなんて記事を書いた日には笑ってやってくれ。

ボンネットは取り外し、エンジンを吊るす準備としてはほとんど終わっている。エキマニとプロペラシャフトを外せば後は持ち上げて終わりである。今回はエンジン交換だけではなく、ハーネス等のリペアがあるので、終わった頃にはさらにスッキリとしている事だろうと思う。

投稿者:

激団くりおね

激団くりおね

北海道を拠点に全国展開してる Garage激の総合支配人 スローカーライフアドバイザー

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