【世界の日産】3代目・ニッサン スカイライン(ハコスカ)

やはりと言いますか、三代目スカイライン(ハコスカ)の切り抜きは結構多く出てきました。海外でも『Hakosuka』と日本と同じように呼ばれ、日本車人気の中でもやはり輝きを放っている三代目。今回は発売当時の切り抜き広告を掲載していこうと思います。

NEW ニッサン スカイライン

先代の最終型(1967年8月頃辺り)から88馬力になってはいたのですが、同系エンジンが搭載されているこの1500ccでは先代で「2年6万キロ無給油」が、大幅に向上して「10万キログリスアップなし」になりました。今の時代の10万キロと当時の10万キロ、距離は同じでも感覚は全然違うんでしょうね。この時代には「品川51」ナンバーになっていますね。

子供が後部座席でカメラを構えている写真とか、≪オヤジの存在を認識させる車≫等の現代では見慣れない物が散らばっていますね。6人乗りより広い5人乗りでゆとりのある乗車スペース、ストレスのない走りをアピールしています。『米国安全基準100%近い合格率』…若干曖昧ですね(笑)

ここまで出ている濃い色の車体は使いまわしなのか、すべてナンバーが一致してます。

ここら辺でLLC(クーラント)の4万キロ無交換、月産1万台体制になったと言う話をしています。ちなみに馴染み深い(?)、2000ccのスカイラインはまだ登場していない時代の広告です(1968年8月頃)。助手席に乗ってるモデルさんは同一人物っぽいです。

おわかりいただけるだろうか?ほぼ同じポイントで写真を撮っているが、タイミングが微妙に違うのだ。雑誌が情報収集の中心にあった時代、写真の使いまわしじゃなく間違い探し的にする事でその車の事を頭に思い浮かばす考え…な訳無いか。色々パターンありそうですね。

走る閃光

そして待望の6気筒・2000cc・105馬力のスカイライン2000GTの登場となった1968年10月。4気筒エンジンは2ヶ月先行で出ていたので2ヶ月遅れで2000ccの投入となった。運転席と言わず、操縦席の機能美、スポーティさを売りに出してきました。

1969年2月 スカイライン2000 GT-R

お馴染みのGT-Rの登場。その圧倒的なパワーとレース出場を視野に入れた売り文句が並んでいます。

今では『DOHC』と明記される事が普通になっていますが、当時は『ダブルOHC』と言う表記になっていました。 これは『DOHC』に馴染みが無いからなのか、今までの『OHC』からの差を見せつけるでしょうかね?

スカイライン 2000 GT 道路もどんどんと整備されている時代背景が見えてくるような広告です。

L20エンジンの『OHC』。時速175kmまで補償ずみと書いてはいるが、その頃に出せる環境はどれほどあったのだろうか…。

1969年4月の広告。R-380との並走している写真が使われている。まだ2ドアのGT-Rと言うのは存在しない時代の物だ。 『レーシング・マシンの実力を内に秘め、外観はさりげない4ドア、5人乗りのセダン。マシンとセダンのドッキングに成功した国際的第一級のGT、ついに日本に誕生。』

『栄光のマシンR-380のエンジンを、そのまま心臓移植』 所持してる広告の中で、1970年2月の広告で初めて『ダブルOHC』から『DOHC』と言う表記に変わっている。GT-Rはレースに勝つ車として売られていたのがひしひしと感じられる。

スカイラインの広告はまだ多くを紹介出来ていないので、機会があればまたもう少し紹介しようと思う。

投稿者:

激団くりおね

北海道を拠点に全国展開してる Garage激の総合支配人 スローカーライフアドバイザー

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